作品「折りたたみ北京」(26頁)が、一番、面白かったです。
作品冒頭の田中 光さんが描いたイラストレーションの女性がとても美しかった。
現代の都市でも、昼と夜では様相が大きく切り替わります。
この作品の「折りたたみ北京」には、個別の「時間帯」を割り当てられた三つの生活「スペース」があり、
時間になると、地面が扇のように整然と折りたたまれて〝交替〟する構造になっています。
まるで今日の8時間労働者の一日三交代制の労働現場のようです。
しかし、「折りたたみ北京」では三つの階層の生活空間に分離されていて、
生活時間のサイクルもまったく違っています。
上流階級(富裕層)の生活時間割は、午前6時から翌朝6時までの24時間、
中流階級(上流階級に仕えるサービス階層)は、二日目の午前6時から午後10時までの16時間、
下層階級(ごみ処理施設等の勤務者の貧困層)は、午後10時から午前6時までの8時間、
に別れています。
この生活時間割によって、「各スペースの人々を完全に分離している」(32頁)
「いちばんの方法は、一定の人口の活動時間を減らし、さらに彼らを常に忙しくさせておく方法を見つけることだ。わかるか? そうだ、彼らを夜に押しこんでしまえばいい」(49頁)という発想から、
この「折りたたみ北京」が計画され、建設されたのです。
この「折りたたみ北京」という作品では、
主人公「ラオ・ダオ」が拾って育てている女の子「タンタン」の将来像のイメージ、
どんな女性になってほしいかが描かれています。
主人公が考えている、優雅で美しい女性観は、揺れており、矛盾しているような気もします。
「アー・ベイの声は冷たく鋭く、ナイフのように空気を切り裂く。ラオ・ダオはアー・ベイを見た。その若い、決然とした、怒った顔を見て、とても美しいと思った」(54頁)
若い女の怒った顔を「美しい」と思うかな?
「アー・ベイとラン・ランは、ラオ・ダオが留守のとき、よくタンタンの面倒をみてくれるし、ときどきラオ・ダオにお粥を作ってくれる」(54頁)
気持ちの優しい女性たちなのです。「お金」のことになると突然、厳しくなる。
主人公「ラオ・ダオ」は、「アー・ベイに怒鳴るのを止めてほしかった」(54頁)だけなのです。
「彼女にこう言いたかった。女の子は黙って優雅にすわり、スカートで膝を隠して、かわいらしい歯並びを見せてにっこりしているものだ。そうすれば、人から愛される」(54頁)
まるで、作品冒頭のイラストの中の「美しい」女性のようにしているものだ、するべきだ。
ひとり乗りの黒い二輪カートに黙って優雅にすわり、スカートで膝を隠している美人の女性
のようにすべきだ、と言わんばかりです。
しかし、「アー・ベイとラン・ランが必要としているのは、そんなものではない」(54頁)
「そんなもの」とは、女性が男性から愛されること、です。
アー・ベイたち、北京の「第三スペース」の若い女の子が「必要」としているのは、
男性から愛されることではない。必要としているのは、まずは「お金」なのです。
さびしいことですが、やむを得ないことでもあります。第三スペースの現実なのですから。
「ラオ・ダオ」が育てている女の子「タンタン」を幼稚園に入れられるかどうかも、
全て「お金」で決まるのです。「マネー、マネー、マネー」
「ラブ、ラブ、ラブ」の小説も嘘くさいですけれど、
主人公「ラオ・ダオ」には「タンタンがダンスと歌を習って優雅な若い女性」(54頁)
になることが夢です。
「タンタン」が歌って踊る姿をぜひ見たいです。
結末は、ハリウッド映画のようなハッピーエンドにしてほしかったと思いました。
「タンタン」も、アー・ベイのように、
冷たく鋭く、ナイフのように空気を切り裂く声の、若い、決然とした、怒った顔が「とても美しい」女性
になってしまう可能性のほうが高いような気もします。
主人公が考えている女性像は、実現困難な理想、幻想なのかもしれません。
古めかしい時代妄想、とまでは言いませんけれど。(と、言っちゃってますね)
《備考》
この「折りたたみ北京」が中国語で発行されたのは、2015年。
同年、Ken Liu によって英語に翻訳され、さらに、2017年、その英語から日本語へ翻訳されました。
それが、この「折りたたみ北京」です。
ちなみに、2016年、同作は一部改訂され「北京 折りたたみの都市」と改題され、再度、中国語で発行。
2019年、「北京 折りたたみの都市」は、中国語から直接、日本語へ翻訳され、
『ハオ・ジンファン短篇集』(2019年)の中の一篇として日本で発行されました。
そのような経緯のある、「折りたたみ北京」と「北京 折りたたみの都市」とを読み比べてみると、
異なる表現となっている箇所に気が付きます。以下にまとめました。
(頁数)「折りたたみ北京」VS <北京 折りたたみの都市>(頁数)
(28頁)「楊枝の残骸――知らないうちに噛んで折っていた――を指でつまみ」VS <手にした爪楊枝をいつのまにか折ってしまっていた>(010頁)
(28頁)「〝交替〟」VS <転換>(010頁)
(28頁)「第一スペース」VS <第一空間>(010頁)
(29頁)「昨夜ダストシュートに隠れて」VS <昨日は移送道に隠れていたのか?>(011頁)
(32頁)「土に砂利を混ぜる」VS <土壌にはおもりが埋めてあった>(017頁)
(34頁)「暗闇で光るバラの形のロケット」VS <ペンダントをこしらえており、その発光する素材でできた透明な薔薇>(021頁)
(39頁)「二輪カート」VS <二輪車>(029頁)
(39頁)「運転手のいない車」VS <無人運転の自動車>(029頁)
(42頁)「警告音をビービー鳴らして」VS <ピーピーと警告音を発しつづける>(036頁)
(42頁)「そのあたりを警戒している二台のロボット」VS <二体の小型アンドロイドが警備している>(035頁)
(42頁)「彼女の字は傾いたひょうたんのようだった」VS <その字は傾いた葦のようだった>(034頁)
(43頁)「連行します」VS <連れて行きますか?>(036頁)
(44頁)「夕食に何か持ってきてやろう」VS <夜になったら食事に出よう>(039頁)
(45頁)「いつほかの人たちが横にすわったのかもわからない」VS <周囲の人々が席に着いたことにも気づいていなかった>(041頁)
(46頁)「数千万人の人々」VS <一千万人に上るゴミ処理作業員>(043頁)
(46頁)「希土類(レアアース)と貴金属」VS <貴金属>(042頁)
(52頁)「帰宅した」VS <部屋に戻った>(051頁)
(53頁)「ぼうっとした若い女」VS <朴訥な娘>(053頁)
(53頁)「何千匹ものアリに噛まれているかのようだ」VS <百本の爪で引っかかれているようだった>(052頁)
(54頁)「そうすれば、人から愛される」VS <そうしないと愛してもらえない>(054頁)

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SFマガジン 2017年 06 月号 雑誌 – 2017/4/25
筒井康隆連載開始。
「筒井康隆自作を語る」 #1 日本SFの幼年期を語ろう
アジア系SF作家特集
近年、めざましい躍進を遂げているアジア系のSF作家の潮流を探る。
●折りたたみ北京 カク 景芳/大谷真弓訳(カク=赤へんにおおざと)
●母の記憶に ケン・リュウ/古沢嘉通訳
●麗江の魚 スタンリー・チェン/中原尚哉訳
・評論「世界が注目するアジアSF」小川 隆
・評論「躍進する中華圏作家」立原透耶
・《ハイカソル》編集長 ワシントン真澄インタビュウ
・エッセイ「英語圏における日本SF」ニック・ママタス
・エッセイ「日本のオタクカルチャーはいかにしてアメリカSFに受容されたか」堺 三保
・エッセイ「〈ファンタシースター〉はSFの名作だ」ピーター・トライアス/鳴庭真人訳
・評論「『メッセージ』は人類を変える」添野知生
2017年春アニメ特集
・「ファーストコンタクトSFとしての『正解するカド』」林 哲矢
・「『ID‐0』設定解説」白土晴一
・『ID‐0』エピソード・ガイド 小林 治
・弐瓶勉長篇コミックガイド 船戸一人
・弐瓶勉インタビュウ
・『BLAME! THE ANTHOLOGY』刊行記念ビジュアルノベル 弐瓶勉×九岡望/小川一水/野﨑まど/酉島伝法/飛浩隆
・『BLAME! THE ANTHOLOGY』著者コメント
・対談再録「ディストピアSFのゆくえ」山形浩生×大森 望
・「ゲンロン 大森望 SF創作講座」第1期卒業生 高木刑インタビュウ
・劇場アニメ『虐殺器官』公開記念座談会「『虐殺の文法』をめぐって」岡ノ谷一夫×吉田尚記
【連載】
●「小角の城 連載第44回」夢枕 獏
●「椎名誠のニュートラルコーナー むじな虫」
●「マルドゥック・アノニマス 連載第14回」冲方 丁
●「プラスチックの恋人 連載第3回」山本 弘
●「忘られのリメメント 連載第2回」三雲岳斗
●「幻視百景 連載第8回」酉島伝法
【読切】
●「コンピューターお義母さん」澤村伊智
●「スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾」藤田祥平
【連載コミック】
●「と、ある日のアルバイト」宮崎夏次系
「筒井康隆自作を語る」 #1 日本SFの幼年期を語ろう
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・対談再録「ディストピアSFのゆくえ」山形浩生×大森 望
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商品の説明
この雑誌について
日本唯一の月刊SF専門誌
カスタマーレビュー
星5つ中4.7つ
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3グローバルレーティング
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年4月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2017年5月8日に日本でレビュー済み
実質的なケン・リュウ特集だ。氏の作品以外に、氏が翻訳などで欧米に紹介した作品が読める。アジア系SFは、中国系の登場人物の名前を覚えられないし、中国語読みで読むのも得意ではないのでこれまでは避けてきた。一種の食わず嫌いなのだろう。今回、強制的に作品に触れたことで、少しはアジア系SFに挑戦しようとする気が出てきた。収録されている作品で面白かったのは「折りたたみ北京」(郝景芳)だった。
2017年5月16日に日本でレビュー済み
あ、「紙の動物園」の人だ、と思って、初めに「母の記憶に」を読みました。
「紙の動物園」は、ファンタジック過ぎて、内容も暗くて、好みではなかったのだけれど。
たった3ページにも満たない内容なのに、何か胸に来ました。
だから、3ページしか読んでいないのに、★5つ付けてます。
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たった3ページにも満たない内容なのに、何か胸に来ました。
だから、3ページしか読んでいないのに、★5つ付けてます。