本書は加藤展洋氏逝去の僅か1月前に刊行された。末尾に「ひとまずのあとがき」と記されるように、この後も、21世紀まで貫く「9条の運命」の著作の予定があった。2021年発行のちくま新書版の厖大な『九条の戦後史』は氏の死後、本書の続編として書かれていた未定稿を纏めて刊行されたものだという。本書だけでも著者の意気込みがひしひしと伝わって来る名著である。
本書の魅力は、単なる史実の記録ではなく、そこここに加藤氏の独自見解が示されていることである。冒頭から「憲法9条は必ずしも戦後の日本になくても良かった。われわれは9条に負けてひ弱になった」と刺激的な逆説を述べる。9条が押しつけられたものであると認めることを回避し、「大事に想う、ありがたがる」気持ちが心を頑なにしたと。
加藤氏は先ず、9条は<特別な戦争放棄>か<ただの戦争放棄>かと問い返すことから始める。<ただの>とは、「他国もこれを行うという相互主義の担保のもと」で定める「戦争放棄」で、同じ敗戦国のドイツ、イタリアが採用した。対して<特別な>とは、他国の意思にかかわらず「日本が世界に向かって先制的に実行する戦争放棄宣言」という、世界唯一の極めて理想主義的条文である。だがどちらが強いと言われれば、自国のみでなく他国にも戦争放棄の責任を負わせる相互主義の方だと加藤氏は言う。だが戦争に疲れ果て心からの平和を願っていた日本人の多数はこれを歓迎した。
発案者は誰か。連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサーだ。マッカーサーは「ポツダム司令官」だが、アメリカ政府は1946年9月2日の降伏文書調印日に、占領条件に関する「一般命令書1号」を発し、マッカーサーに、ポツダム宣言は無視し、日本が「無条件降伏」した、として統治せよと訓令する。これによりマッカーサーは至上の権力を手にする。
コストかけずに日本占領を実行するには、昭和天皇を極東国際軍事裁判(東京裁判)には付さず、免責することが絶対に必要だと彼は考える。昭和天皇の「鶴の一声」で全日本人が混乱なく矛を収めたことにマッカーサーは非常に強い印象を残していた。天皇を戦犯にしたら、国民は「裏切られた」とばかり、黙っては済まないだろう。反対に天皇を免責すれば、今度は戦禍を受けた数多くの交戦国が黙っていない。天皇の責任は免れない。
昭和天皇を守る手立ては「セットで考えられた」と加藤氏は独自の見解を述べる。①天皇の神格否定と国民主権への移行と ②<特別な戦争放棄条項>との「組み合わせ」である。憲法第章1章(1~8条)だけでは各国の「戦争再発」の不安は解消されないので、さらに「一方的な戦争放棄(第九条)」を付け加える、というウルトラ案だ。天皇の法的責任を決めるのは連合軍ではない。この条文は日本国が自主的に作成したのだと説得し、国際世論が和らぐのなら。話は簡単になると。
マッカーサーは天皇免責に向けて様々な工夫を凝らした。9月27日には米国大使館に昭和天皇がマッカーサーを訪ねさせて会談した。二人が並んだ写真は直ちに公開され、日本国民は真の権力者が誰かを思い知らされた。同時にマッカーサーは、天皇は今次戦争に「全責任がある」と発言したと内外に宣伝して、「謝罪しようとしない」昭和天皇像を和らげた(実際にこの発言があったかどうかの確証は現在も不明)。翌年元日には内外各紙に「天皇の神格否定の詔書(人間宣言)」を掲載させた。
マッカーサーは新憲法草案の作成を、最初に近衛文麿に託した後にそれを否定し、近衛を戦犯に指定して自殺に追い込んだ。10月25日、内閣内に「憲法問題調査会(松本委員会)」が発足。今年中の完成が命ぜられる。草案が天皇の裁可を得たところで、46年2月1日、毎日新聞がそれをスクープすると、マッカーサーはその旧態依然ぶりに激怒し、GHQに「三原則」を提示し、民生局は1週間の徹夜作業で完成させ、2月10日、松本委員会の答申の受取りを拒否しGHQ案を渡した。内閣はそれを練り直して3月6日に公表。4月10日の衆議院選挙の後に議会にかけて(この間幣原内閣から吉田内閣に交代)、11月3日の交付に至った。21世紀に入って、この辺りの事情を巡る映画が日米で制作されている(〚終戦のエンペラー〛(2012年)、〚日本独立〛(2020年))。本書には米国公文書館公開資料の新事実も網羅されていて、日本国憲法が押しつけられたものであることは「論」を待たない。
日本の憲法学者は当初改訂に反対し、旧憲法の新解釈で事足りるとしていたが、GHQ草案を見た途端、色をなして新憲法になびいたと加藤氏は手厳しい。その代表格は宮沢俊義東大教授の「カンニング」である。(多分)3月14日、毎日新聞記者の弟から、社が内密に入手したGHQ草案を読んで、その日のうちに南原総長に進言し、翌日の与党承認と期を合わせて、法学部内に憲法改正を見越した「憲法研究委員会」を立ち上げ(最年少委員に丸山真男)新憲法推進の旗振りとなった。同様に戦中の平和派と言われた鈴木安蔵、森戸辰男、横田喜三郎等も変節し、新憲法のオピニオン・リーダーとなるが、「学者生命を長らせたい」だけの彼らは、日米安保条約の制定とともに、またまた微妙に変節するが、大部分の日本人はそれに気づかなかった。私もリベラルぶって、宮沢氏を「憲法の神様」と仰ぎ見ていたことが悔しい。
9条の<特別な戦争放棄(絶対平和)>について、マッカーサーは老国際派の幣原喜重郎の発言にヒントを得たと書くが、彼自身の発想であることは間違いない。マッカーサーが考える構想は彼が米国大統領になることで矛盾なく完成するはずだった。つまり国連に究極の「集団安全保障制度」を作成し、各国の自衛権をそこに移して交戦権を取り上げる案だったのだ。だがそれは成らず、憲章51条に記される戦前型の「同盟条約」に過ぎなくなった。
マッカーサーの大統領就任戦略は、1948年4月のウイスコンシン州の共和党大統領予備選挙で敗北。日本の「神様」の権威は失墜した。トルーマン大統領との確執が始まる。うぬぼれ強いマッカーサーは本国の言いなりになりたがらず、アメリカ政府に従う米国軍人と国連軍最高司令官という2つの帽子を被り変えながら迷走するが、東西冷戦が本格化するなかで、日本の統治方針はダレス長官によって変更され、51年4月解任される。
マッカーサーの特権的統治のあいだ、国家予算の1/3が占領費に使われ、日本には国力回復の余地がなかった。アメリカ政府は1949年2月、銀行家のジョセフ・ドッジを派遣して経済施策の実行を命令する(ドッジライン)。
マッカーサーの帰国に際して昭和天皇は見送りに出ず、代わりに侍従長を遣わしたという。1495年9月27日の第1回会合からマッカーサーの離任までに両者会談は11回にも及んだというのに。
最後にその昭和天皇について触れたい。マッカーサーと天皇の会見は約半年毎に10回、11回目の空白期間は1年だった。その間に何があったか。天皇の変節である。マッカーサーの凋落を察知した天皇は、交渉相手を彼からダレスに変えた、と言うのが歴史学者豊下楢彦氏等の推定である。第4回会合の席では、天皇から「米軍の長期駐留」が要請され、マッカーサーがこれを拒否した事実がある。天皇はダレス宛に改めて米軍駐留を希望するメッセージを伝えたといわれる。「吉田茂がほとんどなすすべもなく完敗した日本の独立交渉」の裏に天皇による二重外交があった。
加藤氏は「『天皇はマッカーサーや吉田茂は未だ未だ甘い』と認識する冷厳なニヒリストで、日本国民をまったく信用せず、日本の独立にもさして関心がなく、憲法9条や国際連合に対しても何の幻想も持たず、反共に徹するアメリカ本国政府の見方と共通していた。もと現人神の天皇は日本国民と同じ地平には立っていない」と書く。私も昭和天皇の最大の心配事は「万世一系」の天皇家を彼の代で潰したくないとする切実な願いだったろうと考える。ソ連が侵攻してきたら彼の命運はつきる。あくまでもアメリカに縋り付くしかないと。現在の米軍の沖縄集中駐留も、昭和天皇の「米国による琉球諸島の軍事占領の継続を望む」(1947年)という「命令」を守っているに過ぎないとも。
長くなってしまったが、加藤氏の結論は、本当に尊いものは「押しつけられたものを「自分たちに必要なもの」として学び取る自分たちの力にあると言う。9条の「押しつけ論議」はすでに決着済みだ。今の日本は、アジアの緊張のなかで、世界第10位の軍事大国であり、敵基地攻撃能力も認められて、現憲法第9条はすでに「死に体」だ。私は長い間「世界がどうあれ、9条は手つかずに維持しなければ」と言ってきたが、今は解らない。メンテナンスを怠るといつか大崩壊するかもしれない。ただし改訂するにも、「戦争防止」を第一命題にしなくてはならないと考えるばかりである。
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9条入門 (「戦後再発見」双書8) 単行本 – 2019/4/19
加藤 典洋
(著)
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戦後日本の象徴として、
多くの日本人から熱烈に支持されてきた憲法9条。だがそれを支持するリベラル派も、
批判する右派も、自分に都合の悪い歴史には
ずっと目をつぶり続けてきた。
多くの異説や混乱が存在するなか、
あらゆる政治的立場を離れ、
ただ事実だけを見据えて描き出した、
憲法9条の誕生と、「マッカーサー」「昭和天皇」
「日米安保」との相克をめぐる成立初期の物語。
30年来の構想を書ききった著者渾身の一作。
多くの日本人から熱烈に支持されてきた憲法9条。だがそれを支持するリベラル派も、
批判する右派も、自分に都合の悪い歴史には
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憲法9条の誕生と、「マッカーサー」「昭和天皇」
「日米安保」との相克をめぐる成立初期の物語。
30年来の構想を書ききった著者渾身の一作。
- 本の長さ384ページ
- 言語日本語
- 出版社創元社
- 発売日2019/4/19
- 寸法12.8 x 1.8 x 18.8 cm
- ISBN-10442230058X
- ISBN-13978-4422300580
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戦後史の正体 | 本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」 | 検証・法治国家崩壊 | 核の戦後史 | 「日米合同委員会」の研究 | |
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内容紹介 | 元外務省・国際情報局長「日本の外務省が生んだ唯一の国家戦略家」と呼ばれる著者が、日米関係と戦後70年の真実について語る。 | なぜ米軍は危険なオスプレイの訓練を日本でできるのか? 現代日本のさまざまな問題の源流、日米地位協定の真実に迫る。 | 「戦後史の正体」「日米地位協定入門」につづくシリーズ第3弾! 大宅賞作家が戦後最大の事件「砂川裁判」の真実にせまる。 | なぜ核兵器のない世界は実現されないのか、なぜ日本は脱原発に踏み切れないのか。Q&A形式で原爆と原発の必須知識を提供する。 | 日米合同委員会では何が話し合われているのか――国民の目の届かない密室で日本の主権を侵害する取り決めを交わす実態に迫る。 |
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「日米指揮権密約」の研究 | 朝鮮戦争は、なぜ終わらないのか | 9条入門 | 密約の戦後史 | 日米同盟・最後のリスク | |
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内容紹介 | 日米の秘密の取り決め、「指揮権密約」はいかにして結ばれた、日米政府は何をしてきたのか? 戦後日米関係の“真実”に迫る。 | これまであまり論じられてこなかった朝鮮戦争と日本の安全保障体制の関係についてときほぐし、進むべき日本の未来を展望する。 | 戦後日本の象徴として支持されてきた憲法9条の誕生と「マッカーサー」「昭和天皇」「日米安保」との相克を巡る成立初期の物語。 | 日本の米軍基地が単なる米軍の出撃基地ではなく、かつての戦争において核戦争を想定した出撃・訓練基地となっていた事実を暴く。 | 米軍が日本全土に核が搭載可能な新型ミサイルを配備しようとしている。気鋭のジャーナリストがその全貌を報告し、警鐘を鳴らす。 |
商品の説明
著者について
加藤典洋
早稲田大学国際教養学部名誉教授。文芸評論家。
早稲田大学国際教養学部名誉教授。文芸評論家。
著者について
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2023年10月31日に日本でレビュー済み
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2019年5月12日に日本でレビュー済み
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1)日本国憲法9条の“出生の秘密”とは!?
マッカーサーは、マニラにいたころから天皇の権威を利用した間接統治を骨太の信条とし
ていた。実際に、終戦時に天皇の指令のもと、ほぼ乱れることなく国内外の数百万の日本
軍がいっせいに武装解除に応じるのを見て、天皇の力というものに強い印象を受けること
となった(73頁)。
仮に早急に日本国内で直接統治を行うと、あちこちで武装蜂起が起きて収拾がつかなくな
るとの思いを馳せていたであろう(=功利的価値の否定)。
全ては東京裁判での免罪という高いハードルを越えるため、また免罪による功利的価値を
最大限利用すべく、まずは「人間宣言」でジョブを打ち、天皇大権から政治権力を奪い
(第1条)、軍事力をも放棄(第9条)させ、新しい憲法を連合国諸国に認めさせることに
あった(75頁、91頁)。
しかしながら、日本政府の松本委員会に委ねてみれば憲法改正作業が大日本帝国憲法1条か
ら4条に変更がなく、天皇の助命に支障を来すこと、またホイットニーから突きつけられた
覚書には、極東委員会が活動を始めれば、日本の憲法改正権限が同委員会に移ること(移
譲までの空白の期間は3週間余り)、そんな“せめぎあい”にあう(103頁、105頁)。
そこで、マッカーサーは、天皇主権の否定と、それに代わる国民主権を書き込むこと、しか
も、それを天皇と天皇制の否定でなく(=最終的には、「象徴」どまり、当然「退位」はさ
せない)、天皇制の民主化(=正当性の契機)というべきものを通じて実現することが占領
統治への利用を可能にする唯一無二の方法だと。
何より、天皇制を民主化する憲法改正に、非軍国化を図ることで太平洋近隣諸国を説得する
ため、「特別な戦争放棄(!?)」を盛り込む発想を生み出したのである(104頁)。
もっとも、マッカーサーに与えられた権限を基礎づける「統治機構の改革」については、本
国から憲法改正の強制は日本国民には知られてはならない「最後の手段」だと釘を刺されて
いた。そんな渦中、日本国民はもちろん何と本国にも秘密にしたまま憲法草案の作成に”急
ピッシ“で踏み切るのであった(105頁)。
「マッカーサー・ノート」第2項では「自己の安全を保持するための手段としての戦争」を
も否定し、戦力の「将来」にわたる不保持と、交戦権の否定にまで踏み込むなど、本国の
「指令書」から一部逸脱(=自衛戦争まで禁じていることを「明記」=「特別な戦争放棄」
)とするものであった(137頁)。
殊に、「特別な戦争放棄」には、日本から徹底的に軍事化能力を奪うという日本「無力化」
の目的と、マッカーサー自身に理想主義の「光輝」を与えるという大統領選向けの目的の
二つがあった(187頁)。
また、戦力の「不保持」と「交戦権の否定」を含意する「光輝」は、天皇が「現人神(あら
ひとがみ)」をやめた後、マッカーサーによる天皇の「全責任」発言の脚色(130頁)と相
容れつつ、日本人の心にあいた道義的な「空白」を埋める役割を熱狂的に果たすこととなる
(176頁、194頁以下)。
このように、モラルにおける一種の補償作用が働いてできたのが日本国憲法9条の出生の秘
密である(198頁)。
2)意味深な「マッカーサー・ノート」とは!?
実際に憲法9条を見てみると、
――――――――――――
【第九条】 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、「国権の発
動たる戦争」と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、
永久にこれを放棄する。
② 「前項の目的を達するため」、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交
戦権は、これを認めない。
――――――――――――
とある。ここで、一つ気づくことがある。
日本国憲法9条では単に「国権の発動たる戦争」とあり、「マッカーサー・ノート」第2項
にあった「自己の安全を保持するための手段としての戦争」=「自衛戦争の放棄」が「明
記」されていないのである。これでは、「特別な戦争放棄」ではなく「ただの戦争放棄」
であり「光輝」というものが感じられない、との解釈もできる。
もっとも、9条2項の「前項の目的を達するため」とあり、合わせ技で「自衛戦争の放棄」
との「明記」はされていないが「解釈」はでき、これが現在の通説である。
ここには、マッカーサー自身に理想主義の「光輝」を与えるという大統領選向けのため、
そして日本政府のしかるべき要職にある者が、みずから世界に向けて「精神的リーダーシ
ップ」をとる形で宣言をする、という遠隔話法ないし腹話術的手法にでることにした、と
いう著者による含意が込められている(187頁)。
3)8月革命説に隠された秘密とは!?
何より、新しい憲法は「天皇が命じてつくった」「国民主権」の憲法である必要であり、
天皇主権から国民主権への不連続のかかえる矛盾を解決するため考案された宮沢の「8月
革命」説はその”さきがけ”と言えよう(226頁、228頁)。実際、日本人の心にあいた道
義的な「空白」を埋めるには充分な熱狂的な説でもあり、憲法普及会の躍進はそれを助長
するものであった(218頁)。
しかし、8月革命説では、マッカーサーは登場しないし、表面的には敗戦後の主権の変動
を正当化する理論(=正当性の契機)でありながら、日本が主権を失ったことを隠蔽する
理論(230頁)にすぎず(=「おしつけ」論の否定)つまり、制憲権が「天皇」から「マ
ッカーサー」に移転したことの「隠れ蓑(みの)」であった、と言うことなのです(231
頁)。
4)憲法9条の意味の“変遷”はいかに向かう!?
このように理論に”隙”があるようでは、世界の時勢の動きには弱い。
’45年2月のヤルタ会談では、戦後世界の勢力図を連合国首脳が秘密裏に取引を行い、外交
官ケナンは、ソ連の指導者が体制内矛盾を押さえ込むのに「外敵」の存在を必要としてい
ることからアメリカとの協調路線はありえないと分析していた。ケナンのソ連「封じ込め
」政策は’47年3月の「トールマン・ドクトリン」の発表により本格的に冷戦構造が生まれ
ることになった(252頁以下)。
もっとも、ケナンのソ連「封じ込め」政策は「保安的配慮」を含意するもので攻撃的ニュ
アンスに欠ける欠点があったので、”生ぬるい”として2年後には強行路線のアチソンが就任
します。やがて’53年1月にダレスが国務長官となると、ケナンは国務省から去ることにな
ります。
今度は、時を少し遡って見てみると、ソ連「封じ込め」政策とは正反対の「巻き返し」政
策が採用され、日本の占領政策の大転換し、大きく加速することとなる(257頁)。
この大転換に際し、’48年4月の段階で思わぬ大統領選の地方予備選で思わぬ大敗を喫し、
本国での影響力を失っていたマッカーサーは、「連合国最高司令官」という法的地位を”最
後のよりどころ”として占領統治の後ろ盾として対抗を試みていたのであるが(258頁)、
’50年6月に朝鮮戦争が勃発すると、ダレスに形成が一気に傾き、二人の勝負に決着がつき
ます(251頁)。
’50年を境にマッカーサーからダレスへの重心の移動は、そのまま憲法9条から日米安保へ
の軸足の変化に重なり、「日米安保」と憲法9条が共存する新たな時代へと意向します
(250頁)。当然憲法9条の意味についても「変遷」が生まれます。
5)ダレスの憲法9条への“仕掛け”はいかに!?
歴史に”もし”があり、マッカーサーが大統領になっていれば、「マッカーサー・ノート」
では完全にカバーしていない「ただの戦争放棄」(ケーディス執筆9条)とマッカーサー
の「特別の戦争放棄」は、国連の安全保障体制のもとに統合されていたはず、と著者はい
う(274頁)。そうすると、憲法9条が「国連軍の存在」のもとでの国際的安全保障とい
う理想形が浮上し、これまでの「光輝」は姿を消す。
ただ、ダレスは「国連軍」は5カ国の拒否権のもとに成り立つので結局、実際的でなく日
の目をみることはない、そう踏んでいた。
であるなら、むしろ集団的安全保障が機能しない「例外」としての国連憲章51条のもと、
加盟国に一時的な権利として「個別的自衛権」と、複数の国が互いに共同防衛しあう「集
団的自衛権」を認めたらどうだろう。
つまり、従来型の軍事同盟が「例外的かつ一時的」という条件の下で認める、というので
ある(301頁)。
殊に、日本では、’50年の朝鮮戦争の勃発で全面講和の道が絶たれアメリカと不平等な単独
講和へと突き進む(283頁、292頁)。このような文意から、戦争放棄という主権の制限は
相互主義の留保で行われるもので憲法9条にその精神が”塗り替え”が発生するのである(15
9頁参照)。
このような精神と歩調を合わせ今では、PKO等協力法などの自衛隊の海外派遣をめぐる法律
において、個別的自衛権の行使に当たらないような武力の行使は許されないとしつつも、武
力行使に当たらない武器の使用、即ち、自衛隊委員による自衛隊員等の生命、身体を防衛す
るための必要最小限の武器の使用を認めている。
また、平成27年の平和安全法の整備に伴い、政府見解では、「我が国の存立が脅かされ、
国民の生命、自由等の権利が根底から覆される明白な危険があること」などを要件が具備
された場合は、集団的自衛権の行使が憲法上許されるとまでされている。
6)本著作は329頁もあり、本筋をはずさないように2,3行程度の要約文を順次並べて、
それに600字から1000字程度の説明するスタイルを取っています。それでも骨太のところ
もなかなか高度であり、深いところまで読み込むには苦心するかも知れません。実際、私
も時間を要した。傍流もなかなか“面白い”ですが、まずは本筋をなんとか追って見てくだ
さい。本著作を読み終えた後、「マッカーサー [DVD]」( グレゴリー・ペック 出演他、
販売元: ジェネオン・ユニバーサル)を鑑賞しました。
一味も二味も堪能できるので“こういう楽しみかたもあり”ですので、お勧めします!!
マッカーサーは、マニラにいたころから天皇の権威を利用した間接統治を骨太の信条とし
ていた。実際に、終戦時に天皇の指令のもと、ほぼ乱れることなく国内外の数百万の日本
軍がいっせいに武装解除に応じるのを見て、天皇の力というものに強い印象を受けること
となった(73頁)。
仮に早急に日本国内で直接統治を行うと、あちこちで武装蜂起が起きて収拾がつかなくな
るとの思いを馳せていたであろう(=功利的価値の否定)。
全ては東京裁判での免罪という高いハードルを越えるため、また免罪による功利的価値を
最大限利用すべく、まずは「人間宣言」でジョブを打ち、天皇大権から政治権力を奪い
(第1条)、軍事力をも放棄(第9条)させ、新しい憲法を連合国諸国に認めさせることに
あった(75頁、91頁)。
しかしながら、日本政府の松本委員会に委ねてみれば憲法改正作業が大日本帝国憲法1条か
ら4条に変更がなく、天皇の助命に支障を来すこと、またホイットニーから突きつけられた
覚書には、極東委員会が活動を始めれば、日本の憲法改正権限が同委員会に移ること(移
譲までの空白の期間は3週間余り)、そんな“せめぎあい”にあう(103頁、105頁)。
そこで、マッカーサーは、天皇主権の否定と、それに代わる国民主権を書き込むこと、しか
も、それを天皇と天皇制の否定でなく(=最終的には、「象徴」どまり、当然「退位」はさ
せない)、天皇制の民主化(=正当性の契機)というべきものを通じて実現することが占領
統治への利用を可能にする唯一無二の方法だと。
何より、天皇制を民主化する憲法改正に、非軍国化を図ることで太平洋近隣諸国を説得する
ため、「特別な戦争放棄(!?)」を盛り込む発想を生み出したのである(104頁)。
もっとも、マッカーサーに与えられた権限を基礎づける「統治機構の改革」については、本
国から憲法改正の強制は日本国民には知られてはならない「最後の手段」だと釘を刺されて
いた。そんな渦中、日本国民はもちろん何と本国にも秘密にしたまま憲法草案の作成に”急
ピッシ“で踏み切るのであった(105頁)。
「マッカーサー・ノート」第2項では「自己の安全を保持するための手段としての戦争」を
も否定し、戦力の「将来」にわたる不保持と、交戦権の否定にまで踏み込むなど、本国の
「指令書」から一部逸脱(=自衛戦争まで禁じていることを「明記」=「特別な戦争放棄」
)とするものであった(137頁)。
殊に、「特別な戦争放棄」には、日本から徹底的に軍事化能力を奪うという日本「無力化」
の目的と、マッカーサー自身に理想主義の「光輝」を与えるという大統領選向けの目的の
二つがあった(187頁)。
また、戦力の「不保持」と「交戦権の否定」を含意する「光輝」は、天皇が「現人神(あら
ひとがみ)」をやめた後、マッカーサーによる天皇の「全責任」発言の脚色(130頁)と相
容れつつ、日本人の心にあいた道義的な「空白」を埋める役割を熱狂的に果たすこととなる
(176頁、194頁以下)。
このように、モラルにおける一種の補償作用が働いてできたのが日本国憲法9条の出生の秘
密である(198頁)。
2)意味深な「マッカーサー・ノート」とは!?
実際に憲法9条を見てみると、
――――――――――――
【第九条】 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、「国権の発
動たる戦争」と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、
永久にこれを放棄する。
② 「前項の目的を達するため」、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交
戦権は、これを認めない。
――――――――――――
とある。ここで、一つ気づくことがある。
日本国憲法9条では単に「国権の発動たる戦争」とあり、「マッカーサー・ノート」第2項
にあった「自己の安全を保持するための手段としての戦争」=「自衛戦争の放棄」が「明
記」されていないのである。これでは、「特別な戦争放棄」ではなく「ただの戦争放棄」
であり「光輝」というものが感じられない、との解釈もできる。
もっとも、9条2項の「前項の目的を達するため」とあり、合わせ技で「自衛戦争の放棄」
との「明記」はされていないが「解釈」はでき、これが現在の通説である。
ここには、マッカーサー自身に理想主義の「光輝」を与えるという大統領選向けのため、
そして日本政府のしかるべき要職にある者が、みずから世界に向けて「精神的リーダーシ
ップ」をとる形で宣言をする、という遠隔話法ないし腹話術的手法にでることにした、と
いう著者による含意が込められている(187頁)。
3)8月革命説に隠された秘密とは!?
何より、新しい憲法は「天皇が命じてつくった」「国民主権」の憲法である必要であり、
天皇主権から国民主権への不連続のかかえる矛盾を解決するため考案された宮沢の「8月
革命」説はその”さきがけ”と言えよう(226頁、228頁)。実際、日本人の心にあいた道
義的な「空白」を埋めるには充分な熱狂的な説でもあり、憲法普及会の躍進はそれを助長
するものであった(218頁)。
しかし、8月革命説では、マッカーサーは登場しないし、表面的には敗戦後の主権の変動
を正当化する理論(=正当性の契機)でありながら、日本が主権を失ったことを隠蔽する
理論(230頁)にすぎず(=「おしつけ」論の否定)つまり、制憲権が「天皇」から「マ
ッカーサー」に移転したことの「隠れ蓑(みの)」であった、と言うことなのです(231
頁)。
4)憲法9条の意味の“変遷”はいかに向かう!?
このように理論に”隙”があるようでは、世界の時勢の動きには弱い。
’45年2月のヤルタ会談では、戦後世界の勢力図を連合国首脳が秘密裏に取引を行い、外交
官ケナンは、ソ連の指導者が体制内矛盾を押さえ込むのに「外敵」の存在を必要としてい
ることからアメリカとの協調路線はありえないと分析していた。ケナンのソ連「封じ込め
」政策は’47年3月の「トールマン・ドクトリン」の発表により本格的に冷戦構造が生まれ
ることになった(252頁以下)。
もっとも、ケナンのソ連「封じ込め」政策は「保安的配慮」を含意するもので攻撃的ニュ
アンスに欠ける欠点があったので、”生ぬるい”として2年後には強行路線のアチソンが就任
します。やがて’53年1月にダレスが国務長官となると、ケナンは国務省から去ることにな
ります。
今度は、時を少し遡って見てみると、ソ連「封じ込め」政策とは正反対の「巻き返し」政
策が採用され、日本の占領政策の大転換し、大きく加速することとなる(257頁)。
この大転換に際し、’48年4月の段階で思わぬ大統領選の地方予備選で思わぬ大敗を喫し、
本国での影響力を失っていたマッカーサーは、「連合国最高司令官」という法的地位を”最
後のよりどころ”として占領統治の後ろ盾として対抗を試みていたのであるが(258頁)、
’50年6月に朝鮮戦争が勃発すると、ダレスに形成が一気に傾き、二人の勝負に決着がつき
ます(251頁)。
’50年を境にマッカーサーからダレスへの重心の移動は、そのまま憲法9条から日米安保へ
の軸足の変化に重なり、「日米安保」と憲法9条が共存する新たな時代へと意向します
(250頁)。当然憲法9条の意味についても「変遷」が生まれます。
5)ダレスの憲法9条への“仕掛け”はいかに!?
歴史に”もし”があり、マッカーサーが大統領になっていれば、「マッカーサー・ノート」
では完全にカバーしていない「ただの戦争放棄」(ケーディス執筆9条)とマッカーサー
の「特別の戦争放棄」は、国連の安全保障体制のもとに統合されていたはず、と著者はい
う(274頁)。そうすると、憲法9条が「国連軍の存在」のもとでの国際的安全保障とい
う理想形が浮上し、これまでの「光輝」は姿を消す。
ただ、ダレスは「国連軍」は5カ国の拒否権のもとに成り立つので結局、実際的でなく日
の目をみることはない、そう踏んでいた。
であるなら、むしろ集団的安全保障が機能しない「例外」としての国連憲章51条のもと、
加盟国に一時的な権利として「個別的自衛権」と、複数の国が互いに共同防衛しあう「集
団的自衛権」を認めたらどうだろう。
つまり、従来型の軍事同盟が「例外的かつ一時的」という条件の下で認める、というので
ある(301頁)。
殊に、日本では、’50年の朝鮮戦争の勃発で全面講和の道が絶たれアメリカと不平等な単独
講和へと突き進む(283頁、292頁)。このような文意から、戦争放棄という主権の制限は
相互主義の留保で行われるもので憲法9条にその精神が”塗り替え”が発生するのである(15
9頁参照)。
このような精神と歩調を合わせ今では、PKO等協力法などの自衛隊の海外派遣をめぐる法律
において、個別的自衛権の行使に当たらないような武力の行使は許されないとしつつも、武
力行使に当たらない武器の使用、即ち、自衛隊委員による自衛隊員等の生命、身体を防衛す
るための必要最小限の武器の使用を認めている。
また、平成27年の平和安全法の整備に伴い、政府見解では、「我が国の存立が脅かされ、
国民の生命、自由等の権利が根底から覆される明白な危険があること」などを要件が具備
された場合は、集団的自衛権の行使が憲法上許されるとまでされている。
6)本著作は329頁もあり、本筋をはずさないように2,3行程度の要約文を順次並べて、
それに600字から1000字程度の説明するスタイルを取っています。それでも骨太のところ
もなかなか高度であり、深いところまで読み込むには苦心するかも知れません。実際、私
も時間を要した。傍流もなかなか“面白い”ですが、まずは本筋をなんとか追って見てくだ
さい。本著作を読み終えた後、「マッカーサー [DVD]」( グレゴリー・ペック 出演他、
販売元: ジェネオン・ユニバーサル)を鑑賞しました。
一味も二味も堪能できるので“こういう楽しみかたもあり”ですので、お勧めします!!
2019年6月27日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
誰でも知っている人物が登場するが、いちばん不可解なのが日本の天皇であった。これがこの本の象徴的なところだと、著者はこんな冗談を言って、あの世へ旅立ったようだ。
2019年7月25日に日本でレビュー済み
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一人だけ声高に「憲法論議をしよう」とがなり立てた2019参院選は終わった。国の根幹である憲法論議ほど大事なことはないが、街宣車でいうことではない。この国の宰相は憲法を論議するということの意味を取り違えているか、あるいはその論議の意味するところをほとんど理解していないということだろう。いや、自分の嘘言を隠蔽するのに都合がいいとでも考えたか。いずれにせよ、日本国憲法が施行されて70年以上過ぎても、この国は加藤氏が指摘した憲法による「ねじれ」を解決していないし、その機運は年々衰弱している。
「敗戦後論」(‘97)のなかで加藤氏はその「ねじれ」を明確に指摘した。巷の護憲論者にははなはだ評判が悪かったし、都合よく隠していたものを探り出された不快感と反発は大きかった。護憲論者の根底にあるのは、「ねじれ」を自分なりに解釈した本質からズレた考え。一方、いまだに続く能天気な憲法守護運動は、憲法成立の本質をとらえようとしていない。また、「日本会議」等による政権党も巻き込んだ改憲改悪は、言わずもがなである。
先の大戦で日本は近隣アジア諸国を「侵略」し、2,000万人もの犠牲を強いたこと、米国と闘い「敗者」となったこと、自国民300万人の死者の先には天皇の戦争責任があったこと。日本の戦後とは、この事実を徹底的にうやむやにしてきたことだ。加藤氏はそれをずっと糾弾し続けてきた。そして、9条に象徴される「平和憲法」は、アメリカが冷戦下となるソ連との関係で、日本の占領と支配をどのように正当化するかのマッカーサーの思想(戦略)から生み出されたコンテクストに過ぎないと。
9条を神聖化するのも、政権党のわけの分からない第3項を追加するなどという改悪も全く意味はない。それは詭弁であり、目くらましだ。そうではなく、自国民300万人とその先のアジア諸国2,000万人の戦争死者に対する哀悼と謝罪とその意味をもう一度問い直し、今の国民一人一人がこの9条を再度選び直すことにこそ意味がある。そうしなければ戦後の「ねじれ」はずっと続いていくだけだ。その「ねじれ」がどうしようもなくなったとき、また同じ過ちが繰り返されると加藤氏は言いたかったかもしれない。
加藤氏はこの書を最後に亡くなるが、「ひとまずのあとがき」のなかで「私の信じていることがあります。それは、歴史をいったん非専門家の目で振り返ることは、人間が未来をまっさらに構想するうえで欠かせない作業ではないかということです。その結果、無数の混乱が整理され、多くの謎が解けます。」と。
私たち一人一人がその歴史の謎に立ち向かい、考え、そして9条を選び直すという作業が今問われている。
「敗戦後論」(‘97)のなかで加藤氏はその「ねじれ」を明確に指摘した。巷の護憲論者にははなはだ評判が悪かったし、都合よく隠していたものを探り出された不快感と反発は大きかった。護憲論者の根底にあるのは、「ねじれ」を自分なりに解釈した本質からズレた考え。一方、いまだに続く能天気な憲法守護運動は、憲法成立の本質をとらえようとしていない。また、「日本会議」等による政権党も巻き込んだ改憲改悪は、言わずもがなである。
先の大戦で日本は近隣アジア諸国を「侵略」し、2,000万人もの犠牲を強いたこと、米国と闘い「敗者」となったこと、自国民300万人の死者の先には天皇の戦争責任があったこと。日本の戦後とは、この事実を徹底的にうやむやにしてきたことだ。加藤氏はそれをずっと糾弾し続けてきた。そして、9条に象徴される「平和憲法」は、アメリカが冷戦下となるソ連との関係で、日本の占領と支配をどのように正当化するかのマッカーサーの思想(戦略)から生み出されたコンテクストに過ぎないと。
9条を神聖化するのも、政権党のわけの分からない第3項を追加するなどという改悪も全く意味はない。それは詭弁であり、目くらましだ。そうではなく、自国民300万人とその先のアジア諸国2,000万人の戦争死者に対する哀悼と謝罪とその意味をもう一度問い直し、今の国民一人一人がこの9条を再度選び直すことにこそ意味がある。そうしなければ戦後の「ねじれ」はずっと続いていくだけだ。その「ねじれ」がどうしようもなくなったとき、また同じ過ちが繰り返されると加藤氏は言いたかったかもしれない。
加藤氏はこの書を最後に亡くなるが、「ひとまずのあとがき」のなかで「私の信じていることがあります。それは、歴史をいったん非専門家の目で振り返ることは、人間が未来をまっさらに構想するうえで欠かせない作業ではないかということです。その結果、無数の混乱が整理され、多くの謎が解けます。」と。
私たち一人一人がその歴史の謎に立ち向かい、考え、そして9条を選び直すという作業が今問われている。
2020年6月23日に日本でレビュー済み
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憲法9条にまつわる様々な議論がさなれている今、是非読んでほしい1冊。
2019年5月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
購入してすぐには全部を読み切れず、間を置きながら3週間かけて読み終えました。
初めて知ることも多かった。いわゆる左翼リベラルの立場を自認している護憲派の人々にも、広く読まれてほしいと思います。
初めて知ることも多かった。いわゆる左翼リベラルの立場を自認している護憲派の人々にも、広く読まれてほしいと思います。